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球団情報
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本日、糸川亮太投手、青山美夏人投手、佐々木健投手、牧野翔矢選手、茶野篤政選手、古川雄大選手、林冠臣選手に来季の契約を結ばないことを通告いたしましたので、お知らせいたします。
各選手のコメントは下記のとおりです
ライオンズでの3年間を振り返ると、チームの期待に十分に応えられず、力になれなかったことを本当に申し訳なく思っています。一方で、1年目より2年目、2年目より3年目と、地道ではありますが、着実にレベルアップできたという実感もあります。コーチやバイオメカニクスなどスタッフの方々に、いろいろな角度から教えていただけるライオンズの環境が、自分の成長につながったと感じています。
特に印象に残っているのは、昨年、ベルーナドームで同点の12回表に登板した試合です。初めて緊迫した場面でマウンドに上がり、3者凡退に抑えたときの歓声は、今でもよく覚えています。今年、エスコンフィールドHOKKAIDOで初ホールドを記録した試合も印象に残っています。
今年は、昨年までと比べて「ユニフォームを買いました」「タオルを買いました」と声をかけていただく機会が本当に増えました。だからこそ、各イベントのユニフォームを着てプレーする姿を、ベルーナドームでお見せできなかったことが、ファンの皆さまに対しての一番の心残りです。特に夏以降は、ファームでマウンドに上がったときにも大きな声援をいただきました。その声援に背中を押され、とても心強く感じましたし、「まだまだ、がんばらないといけない」と思わせていただきました。ありがとうございました。
入団して最初の2年間は、何も分からない中でも多くの登板機会をいただき、先発やリリーフなど、さまざまな役割を経験させていただきました。一方で、ここ2年間はうまくいかないことが多く、自分の役割を確立できるだけの結果を残せなかったことに、悔しい気持ちがあります。疲れなどで落ちた球速がなかなか戻らず、逆に球速を求めすぎてコントロールを乱すなど、悪循環になってしまった部分もありました。今年は一軍のキャンプに呼んでいただき、5月にも一軍でチャンスをいただきましたが、そのチャンスをつかむことができませんでした。夏は状態が良く、けがなく1年間を通して投げられたことは良かったのですが、結果につなげられなかったことが悔しいです。
初セーブを挙げたときと、プロ初勝利を完封で飾ったときのファンの皆さんの歓声は、今でも忘れられません。あの歓声を何度も聞けるような活躍ができなかったことは心残りですが、ファンの皆さまの応援は強く心に残っています。あっという間の4年間でしたが、たくさんの応援をいただき、本当にありがとうございました。
ここまであっという間でしたが、いろいろなことを経験した、非常に中身の濃い6年間でした。社会人から即戦力として獲っていただいたにもかかわらず、技術面で足りないところも多く、リハビリ期間も含めて、何とか一人前のプロ野球選手になれるようにがんばってきました。それだけに、こうした結果になってしまったことは悔しく思います。この6年間、本当に多くの方に支えていただきました。リハビリ中も、一軍でプレーしている選手をはじめ、いろいろな方がメッセージをくださったり、会ったときに声をかけてくださったりして、見てくれている人がいることを強く感じました。特に豊田投手コーチには、一軍での居場所を作っていただき、何度も起用していただきました。リハビリ中も気にかけてくださっていたので、もっと期待に応えたかったという思いがあり、感謝と申し訳なさの両方があります。
そして、ファンの皆さまには、心から感謝しています。ベルーナドームのブルペンがレフトスタンドに近いこともあり、皆さまの声援を身近で感じることができました。僕にとっては、世界一の声援です。その声援をマウンドで聞けたことは、本当に幸せでした。あの瞬間が自分の人生にあったことは、振り返ると何よりも幸せだったと思います。長いリハビリ期間も、応援してくださる皆さまがいたからこそ、ここまで続けることができました。皆さまの声援が、もう一度あのマウンドに立ちたいという目標につながり、復帰を目指す支えになっていました。6年間、本当にありがとうございました。
8年間はあっという間でした。育成選手として、苦しい中から這い上がる経験もさせていただき、再び支配下選手としてプレーできたことに、感謝しています。入団当初は未知の世界で、周りにはすごい選手や先輩方がたくさんいました。その厳しい世界で思うような結果を残せず、自分が思い描いていたような選手生活にはできませんでしたが、良い先輩、コーチ、後輩に恵まれました。特に、初めて育成から支配下に復帰した日に、同級生で同期の渡邉勇太朗とバッテリーを組み、完封勝利で一緒にお立ち台に立てたことは、本当に思い出に残っています。
ファンの皆さま、これまで応援していただき、ありがとうございました。結果を残せず、チームに貢献できなかったことは本当に悔しいですが、皆さまの熱く温かい応援が、いつも力になっていました。
ライオンズへの移籍が決まったときは、どのような環境なのだろうと思っていましたが、選手もスタッフの皆さんも温かく迎え入れてくださいました。最初から皆さんが優しく声をかけてくださり、本当にありがたかったです。1年間という短い期間でしたが、とても良い経験をさせていただきました。オリックス時代も含めると一番印象に残っているのは、開幕スタメンで起用していただいた試合です。そこから自分のプロ野球人生がスタートしたので、その開幕戦が一番印象に残っています。
ライオンズファンの皆さま、1年間という短い間でしたが、たくさんの応援をいただき、本当にありがとうございました。
この4年間は、自分のプレースタイルを確立できず、迷いながらプレーしていたことに反省があります。自分がどういう選手になるべきかを探り続けていました。特に今年は、キャンプではまずまずのスタートを切れたと思っていましたが、その後けがをして離脱となりました。復帰後も状態が上がらず、結果も出せず、自分の感覚としても何もできなかったという思いが強い、苦しい一年でした。一軍でプレーする選手たちを見て、自分がその場にいられず、戦力になれないことへの悔しさや、嫉妬する気持ちもありました。一方で、昨年、一軍の舞台を経験し、あの空気に触れられたことは、自分にとって大きな経験でした。初めて一軍に上がった日と、初ヒットを打った日は、一番の思い出です。初ヒットの後には、チームの皆さんや地元の友人たちから、返信しきれないほどたくさんの「おめでとう」という連絡をいただき、本当にうれしかったです。これからもがんばっていこうと強く思えた二日間でした。
ファンの皆さまには、ライオンズの戦力になれず、申し訳ない気持ちです。たくさんの応援ありがとうございました。
この2年間はけがが多く、思うように野球ができませんでした。下半身のけがを繰り返し、今年は手術も受けたため、1年目よりもプレーする機会が少なくなってしまいました。プロの世界は厳しいと想像して入団しましたが、実際は想像以上に厳しかったです。同期の選手たちが練習や試合に取り組む姿を見て、悔しさも感じていました。その中で、特に今年は体の使い方や、自分に足りない体幹の強さ、可動域などについて学び、けがをしないための体づくりの大切さを感じました。
なかなか試合に出られない中でも、自分のユニフォームを着たり、グッズを持ったりして応援してくださるファンの皆さんの姿が印象に残っています。2年間、応援してくださった皆さまに心から感謝しています。本当にありがとうございました。