2018/09/27(木)チーム

松井稼頭央選手が引退表明

本日9月27日(木)、今シーズン限りで現役を引退することになりました松井稼頭央選手が会見を行いました。

会見の模様は動画でご覧いただけますので、ぜひご覧ください。

一問一答

Q.こだわり続けてきた現役引退を決意された理由は?

A.「ここ数年、毎年毎年、一年、勝負として自分の中でやってきました。特に今年は、楽天を退団して古巣のライオンズに復帰させていただいて、本当にこれが自分の最後の勝負の年かなという風に思って、今年一年を過ごしてきました。
今年9月途中、(一軍登録)抹消になり、自分で考える時間があったなか、『そろそろ今年で引退かな』と。『辞める時がきたな』という決断をしまして、まず球団のほうに話をさせていただきました。また、先輩方、本当にお世話になった方々に報告をさせていただき、それで今日、こういう会見を開かせていただきました。
本当に悩みましたけど、とうとうこの時がきたなという風に自分の中で感じ、引退を決意しました。」

Q.印象に残った試合・打席は?

A.「日米通して25年という、本当に長い時間を現役としてやらせていただいて、何個かあげるというのはなかなか難しいですが、常に、自分の印象に残ると思って、毎日、毎試合、毎打席、やってきました。印象に残るとなるとすれば、今シーズンの本当に最後の試合なんじゃないかなと思います。」

Q.松井選手にとって、この25年はどんな野球人生だったでしょうか?

A.「現役の間は、毎年毎年、本当に次の一年一年と思ってやってきましたが、改めて振り返りますと、この25年間もの長い野球人生、当然悔しさ・悔いもありますが、いい野球人生だったなと。決してひとりでやれた野球人生ではないですし、周りの方々、色々な方のサポート、ファンの声援などを聞きながらやってきた25年だったと思います。感謝の言葉しかありません。」

Q.最初に西武へ入団し、その後メジャー、楽天、再び埼玉西武に入団というなかで、それぞれのステージで思い出に残っていることや印象に残っていることがありましたら教えてください

A.「まず高校を卒業して、西武ライオンズに声をかけていただいて、生まれた場所であり本当に育ててもらった球団と思っています。アメリカ生活は7年間でしたが、いずれまた日本に戻ってプレーしたいと思っていたなか、楽天さんから声をかけていただき、本当に素晴らしいチームの方とファンの元で7年間という貴重な時間を過ごさせていただき、そして最後、古巣ライオンズに声をかけていただいたときにはこれも何かの運命なのかと思いました。
辞めるのであれば最後はここで辞めたいと思っていました。」

Q.25年という長い間で、ご自身の中で印象に残っている試合、打席などがあれば教えてください

A.「やはりプロ初打席ですかね。初打席初ヒットだったと思うんですけど、小さい頃からプロ野球を目指していて、プロ野球選手になれて一軍という場で打席に立たせてもらえた。ここが自分にとって原点だと思っています。」

Q.輝かしい成績を残されていますが、対戦してみて印象に残っているピッチャーはいますか?

A.「やっぱり松坂大輔(現中日)。大輔とはアメリカでも対戦していますし、今年オープン戦ですけど対戦することもできたし、同じチームで一緒にやっていたという気持ちのなか、ここで勝負ができるのかという思いがあって非常に楽しみにしていましたし、対戦できてよかったなと思います。」

Q.野球人生で良かったこと、辛かったこと、振り返ってみて思うことはありますか?

A.「25年間も現役をやらせてもらったことは選手として非常に嬉しいことですし、ほとんどが苦しかったり悔しかったり、でも少しの喜びを得るためにその苦しさがあるのかなという思いでいつもやっていました。」

Q.プロ一年目は印象に残っていますか?

A.「投手でプロに入り野手になり、常にチャレンジをしてた。ピッチャーからショート、ショートからスイッチヒッター、本当にほかのことを考えている暇もなくひたすらそのことばかり考えて突っ走ってきました。その積み重ねが最後の最後に多くのものに繋がったと感じています。」

Q.たくさんの人の心に残る輝かしい成績を残せた要因はなんだったのでしょうか?

A.「いろいろな方々との出会いですね。西武に入って2年目から東尾監督に出会わなければ今の僕はないと思っていますし、アメリカから帰ってきて星野監督にお世話になり、星野監督と出会わなければこの歳まで長くできなかったと思いますし、家族のサポートも大きいですね。
家族を犠牲にして野球だけを考えさせてやらさせてもらった18年。そばにいてくれたからこそ長く野球人生を送れたと思っていますし、本当に感謝しかありません。」

Q.引退するという決意は最初に誰に話されたのでしょうか?

A.「家族に伝えました。」

Q.そのときのご家族の反応はどうでしたか?

A.「家族も分かってたんじゃないかと思いますけど、妻には『お疲れさま』と。娘は顔を見るたび抱きついてきて泣きました。息子は『あ、そうなの』と。辛かったですね。ただ家族がいたから長く野球人生を過ごせたと思います。最後自分が育った場所で引退をさせてもらえるということは本当にこの球団には感謝しかないです。」

Q.引退に関してチームメイトとはなにか話しましたか?

A.「今月25日に仙台で試合前、チームとして大事な時期のなか、試合前の時間をとってお話させていただきました。」

Q.その話を聞いてのチームメイトの反応はどうでしたか?

A.「その試合2対0でずっといってたので『タイミングどうだったのかな』と思いましたけど、最後チームが勝ったのでほっとしたのが一番でしたね。」

Q.今年戻ってきたライオンズでプレーしてみて、どんな印象をお持ちでしょうか?

A.「これだけ打てる・走れる・守れるタレントが揃う時代も無いのかなと。僕がいたときは打者も当然すごかったのですが、本当にピッチャーの方々に助けていただき、僕も何度助けていただいたのか分かりませんが、そういう1点を勝つ、守り抜くチームだと思っていましたし、実際同じチームになって本当に心強いというか、これだけの選手と実際に一緒に1年やらせてもらえたというは僕の野球人生にとって非常に財産になったんじゃないかと思います。」

Q.今シーズンはどんな思いでここまでやってこられたでしょうか

A.「準備だけは常にやってきたと思いますし、今年の春のキャンプでも久しぶりにこのユニフォームに袖を通してやれるという興奮と楽しみと、でも不安とでキャンプからやってきたなか、少しでも一試合でも多く試合に出たいという気持ちでやってきました。また、ここに戻ってきて最初の打席、あれだけの声援をいただいたということは本当に嬉しかったです。」

Q.ライオンズはご自身の中でどんな存在ですか?

A.「先ほども言いましたが、ここで生まれここで育ち、最後ここで引退する。運命的なものを自分自身感じましたし、そういう風にチャンスをいただいたライオンズには感謝しかないです。」

Q.心残りやなにか思い残すことはありますか?

A.「当然やりきったとは言えませんし、でも自分で決断するときにはこういうことなのかなという風に改めて考えさせられました。でも残りまだシーズンもあります。僕自身兼任コーチという立場でありながら、また選手として最後の最後までチームと全員でひとつになってやっていきたいと思います。最後終わるまで終わりじゃないなと思います。」

Q.引退後、ご自身のなかでどのような道を考えていますか?

A.「まだ先のことというのは正直考えられないですし、でもユニフォームを25年間着させていただいて野球には携わっていきたいという気持ちも当然あります。それよりもまず今年、パ・リーグ優勝、そしてクライマックスシリーズ、日本一とそこを目指して全力で全うしたいなと思います。」

Q.チームも佳境に入るなかで残り数試合、どういった意識で望みたいと思っていますか?

A.「まずはシーズン優勝。そして日本シリーズ。僕がライオンズにお世話になって、まだ日本一になっていないです。日本一になって最後花道を歩けるように、僕もその中にいれるように、チームのためにファンの皆さんのために全力でやっていきたいと思います。」

Q.松井選手にとって野球とはどういう存在でしょうか?

A.「当然なくてはならない存在ですし、野球が好きで始めて今もまだ野球が好きですし、この先も好きであり続けるでしょうし、そういうと好きでしかないのかなと思います。そのまま終われる野球人生、これでいいのかなと思います。」

松井選手・選手名鑑

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