ライオンズ70周年 名シーン投票結果
第1位 「伝説の走塁」

日本一に王手をかけた巨人との一線で、
一塁走者の辻発彦選手が
相手守備に付け込み一気に本塁へ。

動画提供:テレビ朝日

当時高校野球をやっていて、二番バッターだったため、辻選手と自分を重ねました。今、少年野球の指導者をしていますが、次の塁を狙う指導は、ライオンズの走塁に影響されています。(まさたか・40代男性)


辻選手の走塁も見事でしたが、子供だった当時はホームランなど派手な得点シーンに目を奪われていましたので、一点を全員で勝ち取っていく姿勢の大事さを教えてくれた宝物のような場面でした。(ピゾー・40代男性)


小学生の頃ライオンズファンになって初めての日本シリーズで、とても印象的だった。遠い記憶だけど懐かしさと感動で、今でも胸が締め付けられそうな気持ちになる。(ライナのパパ・40代男性)


スキのない黄金時代の西武野球の真髄が凝縮された最高の名シーンだと思う。(雷鳥・30代男性)


自分が産まれた年の出来事。相手の隙を突き、常に先の塁を狙う。現在のライオンズに脈々と受け継がれている伝統。その象徴的なシーンだと思います。(たくや・30代男性)

第2位 「中村選手劇的400号
サヨナラHR」

9回に同点に追い付くと
延長11回、中村剛也選手が
劇的なサヨナラ本塁打。
これが自身400号となるメモリアル弾に。

私が生まれた頃は中村選手はプロ2年目でした。それからずっと応援していた中村選手の記念すべき400号ホームラン。メットライフドームで生で見ることは出来ませんでしたが中継で見ていました。中村選手の描く綺麗な放物線がファンの待つスタンドへ飛び込んでいく。鳥肌が止まりませんでした。400号ホームランがサヨナラ弾になるだなんて、まさにホームランアーチスト。何度見ても飽きない。これにとどまらず450、500、と数字を重ねていって欲しいです。これからも精一杯青炎を贈ります。(りんご・10代女性)


球場にいました。9回ほとんど諦めていたところからの金子選手のホームラン、球場の空気が一瞬で変わったのを感じました。この試合は何かあるぞ、とそう思い最後まで見届けようと手に持つビールが早まったのを思い出します。打った瞬間ザワッとした寒気にも似た感触が背中を走った直後、湧き上がる大歓声と全身の鳥肌。すごい瞬間に立ち会えました。(杉並ライオンズ87・30代男性)


この試合を現地で見ていてもう最悪引き分けでもいいと思っていたところに中村選手ホームランでさよなら。めちゃくちゃ感動した。これ以上の試合はもう見られないと思う。いやこれ以上の試合を見せてほしい。がんばれライオンズ。一生応援します。(をがわ・10代男性)


金子選手の同点打の瞬間をトイレに行っていて、席に戻ってきた時スタジアムの雰囲気が今日はいけるという空気に変わっていました。中村選手が打った瞬間 周りの人たちとのハイタッチ。鳴り物無しの中村選手の応援歌を歌いながら泣いたこと。一生忘れられないと思います。(竹太郎・50代男性)


私は現在26歳ですが、小学生だった時以来、久しぶりに祖父母を誘ってメットライフドームに観戦しに行きました!中村選手がHR打ってサヨナラ勝ちした時の祖父母の笑顔が忘れられません!(生涯獅子魂・20代男性)

第3位 「バック宙 ホームイン」

日本シリーズ第8戦で
同点に追い付く本塁打を放った
秋山幸二選手がバック宙でホームイン。

動画提供:テレビ朝日

当時野球部で高校生でした。秋山さんに憧れ、バッティングも守備もいつも真似してまして。バック宙も練習しましたが、高校生の時は勿論試合で披露はできず、卒業後草野球でHR打った後にバック宙したのがいい思い出です。当時のライオンズは野球少年の憧れでした。(Hitoshi・男性40代)


テレビのスポーツニュースで観ました。当時私は中学生でプロ野球に全く興味がなかったのに、それまでほとんど話したことがなかった隣の席の子とたまたま話したこのシーンがきっかけで仲良くなり、2人でライオンズの大ファンになりました。高校生になっても一緒に西武球場によく通っていましたが、卒業後お互い別の道を歩んでしまったので会う事はなくなってしまいました。彼女が今でもライオンズファンでいるといいなとこのシーンを見る度に思い出されます。(八 玉子・女性40代)


その年の日本シリーズは学校の先生が授業中にも関わらず、教室のテレビで観せてもらいました。ライオンズファンであった私はとても嬉しかった思い出になっています。秋山選手のバック宙ホームインは初めて見たし、インパクト凄かったです。(みかんとうちゃん・40代男性)


このホームインを当時小学4年生であった私はテレビで観て釘付けになりました。確かシリーズ前のシーズンで一回やっており、サヨナラホームランの代名詞になっていたと記憶しています。翌日の学校では秋山選手のバック宙で持ちきり。みな昼休みの手打ち野球でホームランを打つとでんぐり返しでホームインしていたのが懐かしいです。(りゅうすけ・男性40代)


野球選手でありながら、バック宙もできる。しかも本塁打の後のバック宙。一目惚れし、野球を始め、秋山さんの背番号「1」を目指し、なにからなにまで、とにかく秋山さんになりたくて真似をしました。(スーさん・30代男性)

エントリー以外の名シーンにも、
数々のエピソードをいただきました。

たくさんの投稿、
ありがとうございました!

2008年日本シリーズ第7戦、片岡易之のデッドボール→初球盗塁→栗山巧の犠打→中島裕之三塁ゴロの間にギャンブルスタートで同点に追いついた一連のシーンは、好走塁に魅せられてライオンズファンになった身として、歴史の点と点が線で繋がった様な思いでその後の逆転劇も含め、感動的な試合だったのを覚えています。(もちたろう・40代男性)


2015年森本稀哲引退試合。現地で当時の彼女と観ていましたが、絶対に回る筈もない打順にいた稀哲選手に回った時、不覚にも涙が出てしまいました。あの回にライオンズの全てが凝縮されていた気がします。(koolkool・50代男性)


私は2018年の4月18日の対日本ハム戦です。この試合はテレビで見ていて、8回表まで0-8という展開で僕はいらいらして一旦テレビを消しました笑。その後に少し経って見てみると、満塁から押し出しやタイムリーで一挙7点をとり一気に7-8にして9回には森選手のサヨナラタイムリーで勝って、野球は絶対に諦めちゃいけないんだなと、痛感しました。それからはどんなにビハインドでも、9回スリーアウト取られるまでしっかり見るようにしています笑。(こーた・10代男性)


2018年9月27日 8回裏秋山翔吾選手の逆転スリーランホームランで優勝マジック3。2018年はファンになって、初めての優勝争いでした。このシーンがあったから連覇できたと思っています。新たな黄金時代を迎えるのが楽しみです。(兄貴・10代男性)


2004/10/11 プレーオフ第2ステージ第5戦 延長10回表 犬伏の勝ち越し犠飛。この年が福岡から大学進学のために上京して1年目。プレーオフ第1ステージから、実家帰省も含めての第2ステージ、その後の日本シリーズと15試合全てを観に行った。
この試合で、初めて現地で優勝シーンを観ることができた。試合内容も松坂大輔が中3日で好投して、石井義人の3点打で勝ち越して、クローザー豊田で追い付かれてとこの試合で全てが決まることもあって緊張感が凄かった。この決勝の一打から石井貴がその裏を抑えるまで前のイニングのこともあって、今まで観た試合全ての中で一番ヒリヒリしていた。
このシリーズは実家から福岡ドームへ行っていて、この試合の朝に家で父親と少し話をしてから球場に向かったのだが、この年の冬に父親が急逝したためにそんなことになるとは思っていなかったものの、この日が最後に父親と話をした日になってしまった。球場に連れて行ってもらって食事をしたときに「自分は西鉄(までの)ファン」だという話をしていた。それ以上の話はできなかったので、もう少しそこらへんの話はしたかったという後悔がある。
そういう2つの意味があって、一番この日の試合が思い出深い。(いもと・30代男性)